【 大谷翔平は 最後の最後まで戦いました 体が悲鳴を上げるまでギリギリまで戦い抜きました 私はそんな彼の最後の登板を 目に焼き付けて帰ってきました 一生懸命打者に立ち向かっていた 一生懸命 試合前のいつものルーティーンをこなしていました そして降板したその試合でも 44号ホームランを打っていた   】

 

 

 大谷翔平は 最後の最後まで戦いました 

体が悲鳴を上げるまでギリギリまで戦い抜きました 

私はそんな彼の最後の登板を 目に焼き付けて帰ってきました 

一生懸命打者に立ち向かっていた 

一生懸命 試合前のいつものルーティーンをこなしていました 

そして降板したその試合でも 44号ホームランを打っていた 

 

スタハ 辰村

 

PS    ある人は 年間戦い抜くために ある程度の休みを適度に入れて

生きることが正しいといいます

 

もちろんそうです。

 

ただ彼の場合 いつも一生懸命に29年間生き抜いてきたんです。

ずっと 上手くなりたくて 少しの時間も無駄にせず自分自身 訓練してきたのです

 

人は 自分の限界がわからないものです。

もしかしたら 普通以上に賢くなって 自分の限界の100メートル手前で 休憩する人もいれば

10メートル手前で 休憩する人もいるでしょう。

またある人は 評論家で終わって そのレールに乗ることさえ しない選択をされる方もおられるでしょう。

 

でも彼の場合は 限界の直前1センチぐらいまで 努力をする人です。

1ミリかもしれない。

その境目のギリギリまで ストイックに情熱を傾けて

野球に命をかけている人です

だからこそ ここまで来れたのです。

だからこそ 周りのみんなが反対しても ここまで パイオニアとして

やって来れたのです。

 

 

あの最後の投球を 私は 幸運にも母と一緒に見ることができました。

二回で降板して残念でしたが 今シーズン最後の投球の勇姿をみれて

今では なんてラッキーなんだろうと 心から思います

 

バトンを 翔平からいただいた気分です。

ありがたい後ろ姿でした。

 

 

あの姿を見ていて

ちょっとつまずいて

言い訳をしようものなら

翔平に大きく笑われることでしょう。

 

彼なら 「引き続き挑戦しますよ」

「私の夢は もっと先にありますから」と

一蹴されることでしょう

 

 

また来年 元気な姿を見せてください

あなたの姿を見て どれだけ多くの人が 勇気をいただいていることか。

 

母が健康で長生きしているのも

あなたが 毎日 ワクワクさせてくれたからです。

 

ありがとうございます

 

本当は 息子の役割なのですが笑

 

感謝しています。

 




 

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